「ねえ、ブスってどう思う?」
そう聞いてきたのは、
けっこうなブスだった。
僕は突然の出来事にさすがにうろたえた。
「いやまあ、かわいそうだとは思いますけど・・・」
と当たり障りなく答えるのが精いっぱいだった。
「ブスって大変なんよ。いろいろ」
この瞬間に、この人は「自覚アリのブス」だということがわかった。
しかし、何を言おうとしているのか、どこに向かいたいのかはまだわからない。
ここで選択肢は二つにわかれる。この人を仮にSさんとする。
「Sさんがブスってことですか?いや、それはナイでしょ!」
これがひとつめの方向。普通ならこうだ。
というより、この返しをSさんも待っている可能性が高い。
しかし、しかしである。
今日、僕は徹夜明けで朦朧としていた。
そのせいか、心が突如叫んだ。
「これはチャンスだ。」
実際のブスと、ブスについて
語り合えるチャンスはそう巡ってこない。
千載一遇だと言っていい。
元来、自分の家庭環境(というか親父)は、特別ブスに不寛容だったため、ブスに対して柔らかな優しさなど持ち合わせていない。聞きたいこと、ツッコミたいことは山ほどあった。
プランBだ・・・!
ありったけの勇気を絞った。
「どう・・・、大変なんですか・・・?」
僕の声は震えていたと思う。
そりゃそうだ。この瞬間、僕はSさんをブス認定したのだ。
一瞬の間があった。
Sさんは少し「ん?」といった風な顔をした。
しかし、話を続けてくれたのだ。
「そりゃそうでしょ。モテないし」
違う。そんな普通のことが聞きたいんじゃない。そんな浅い話のために危ない橋をわたったわけじゃない。もう、イニシアチブをとるしかない。
「起きぬけの顔とか、やっぱキツいすか・・・?」
Sさんは仕事のできるアラフォーのキャリアウーマンであり、化粧も身なりもバッチリである。おそらく30点は加算されていると思う。でもブスだ。だからこそ、朝一番の無課金状態はスゴいんじゃないか、という素朴かつ失礼極まりない問いである。
「キツいというかもう、スゴい。スゴいの世界よ。」
雰囲気でわかった。この瞬間、Sさんは当初の目論見はどうあれ、この話題を自虐ネタの方向に振っていく覚悟を決めたのだ。Sさんはそういう人だ。話のわかる人であり、何よりめっちゃ面白い人なのだ。
僕も我が意を得たりと、前職で培ったインタビュースキルを動員して、さまざまな事を聞いた。
- 日常のふとした瞬間に感じるブス
- 「運命」という言葉について思うこと
- 来週もブスであることについて
Sさんは爆笑しながら答えてくれた。ちなみに、日常のふとした瞬間に感じるブスは「開いた瞬間に鏡があるエレベーター」に乗った時だという。準備してないだけにタチが悪いらしい。
腹がよじれるくらい笑ったあと、
ここでSさんが言う。
「あなた、私のブスいじりするけどさ、自分だって背、低いやん!」
そうなんである。僕の背は低い。
最高記録で166㎝である。最高記録の意味はわからないが、おそらく実質164くらいだと思う。しかし、そのことを特別コンプレックスに感じているわけでもないので、あまり面白くならない。僕はこちらもコンプレックスをさらすべきだと逆にSさんに言った。
「いや、それより僕、すんごい深爪なんすよ。」
そう、僕は深爪と聞いて想像する感じの、おそらく3倍くらい深爪だ。
ほとんどないと言っていい。噛んでいるからだ。
噛むというより、「噛みはがしている」と言った方が近い。
そのため、単に深爪なだけでなく、全体的にボロボロなのである。
一言でいうと、
くそダサい手なのだ。
Sさんは言った。
「それ気づいてた。でもあまりにもボロボロだから、
口にしちゃいけないタイプのやつかと思って黙ってた。」
やはりか・・・!
僕は恥ずかしさと若干の傷心を覚えながらも、
これをいかに面白くできるかを考えた。
Sさんのさっきの覚悟に報いるためだ。
きっと同じ気持ちだったに違いない。
全く傷つかないわけなんかないからだ。
僕は自分から、
「日常に潜む深爪クライシス」を披露した。
- はがすべきものを一切はがせないこと。
- 人前で何かを指さす時、比較的まだあるほうの小指を使っていること。
- 体中がいつもカユいのだが、爪がない為、一円玉で掻いていること。
Sさんは爆笑してくれた。
ヒーヒー言っていた。
時間にして1時間以上、僕たちはお互いを、自分を笑いあった。
これらを経て生まれた「不思議な」感覚。
そうして僕に、
ある感覚が生まれた。
どう説明したらいいかわからないが、
この瞬間から、僕の中でSさんはブスではなくなったのだ。
そして、Sさんの中で僕の爪はキモくてアンタッチャブルなものではなく、ただの「バカ爪」になったと思う。
この現象はなんなんだろう。
不思議だ。
なんとなく、Sさんのブスが「他人事ではなくなった」感覚があるのだ。
共有する感覚、というか。一緒に向き合っていく問題になったというのか。
(そんなワケないんだけど)
うまく言えないが、そんな感じだ。
別に自分が今日、Sさんに働いた数々の失礼を正当化したいわけじゃない。
でもなんだろう、非常にエポックな日になった。
コンプレックスをはじめとする「人に言いたくないことの取り出し方」が少しわかった気がするのである。
そしてこれは、今後の人生においても重要な気づきになるに違いない。