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ケレン味あふれるブログを目指します。

養老孟司「自分の壁」が、エヴァンゲリオンのA.T.フィールドの解説本だった件

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エヴァンゲリオンに関して決して詳しい方ではないけど、ずっと長い間印象に残っている設定がある。

A.T.フィールドという概念だ。

 

「A.T.フィールド」とは 

ピクシブ百科事典より

知恵の実を手に入れた人類は個々という認識を持ち始め、自分の体をイチジクの葉で隠すようになった。これは言い換えれば自分と他人とを分ける境界であり、新世紀エヴァンゲリオン劇中では「ATフィールド」と呼ばれるものに相当する。これはつまり、逆に言えばATフィールドを持たないもの同士は自分と他人との境目が曖昧になり、自分と他人が混然一体となった状態、生命が生まれる前の混沌とした状態(=生命のスープL.C.L)になってしまうことを意味する。

 

作中では攻撃を防ぐバリアにしか見えないが、根本的な意味は、哲学や臨床心理学の分野で「自我」とか「自意識」と呼ばれる類のもの、それがA.T.フィールドなのである(と思う)。

 

ここ最近ずっと思っている。

この自意識というものが、

とてもやっかいだ。

妬み、怒り、不安、およそ生きてい行く上で感じる全ての「苦しみ」は、この自意識というヤツが引き起こしているに違いない。それはもう自明だ。どうやったらここから逃れることが出来るのか、どうやったらA.T.フィールドを解除できるのか、それが自分の人生の一番大きな課題である。課題と呼ぶにはデカ過ぎるが、そうなんである。

 

2~3世紀の大乗仏教にヒントがありそうだ、ということで関連本を漁り、一方で20世紀の構造主義思想に糸口がありそうだということで解説本を読みまくる。

そうやって知ったことがある。

 

アプローチは違うが、どちらも

書いてあることは1つだ。

 

解除する必要などない。

「そんなもの(自意識)は存在しない」

そのことに気づけ、というのである。

 

そんなこと言われても…

というのが正直なところで、この境地に至るのはそんな簡単なことじゃない。昨日も今この瞬間も思考している自分、物体として存在している身体、それを「ない」と言われて「確かにそうっすね!」とはなかなかならない。

 

そして、どうしても心のどこかに

「ホントかなあ‥?」

という気持ちがある。

 

 そんな時に出会ったのがこの本だ。

 

養老孟司が紹介した、アメリカの脳神経学者の「体験」

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 「バカの壁」で有名な養老孟司氏。

その後続シリーズ的な位置付けの著書「自分の壁」で、アメリカの女性脳神経解剖学者ジル・ボルト・テイラーの体験を紹介していたのだが、これが衝撃。

 

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彼女(ジル)は37歳の時に、脳卒中を起こして左脳の機能を破損した。普通の人なら慌てふためくだけだが、脳神経学者の彼女は「OK。それなら今から自分に起こる体験を全て覚えていよう」という学者魂で、実際にその時の体験を手記にまとめた。

からだは浴室の壁で支えられていましたが、どこで自分が始まって終わっているのか、というからだの境界すらはっきりわからない。なんとも奇妙な感覚。からだが、個体ではなくて流体であるかのような感じ。まわりの空間や空気の流れに溶け込んでしまい、もう、からだと他のものの区別がつかない。

 

A.T.フィールドが解除されたんや‥。

読んだ瞬間にそう思った。

 

さっきのA.Tの後半部分を再掲。

これはつまり、逆に言えばATフィールドを持たないもの同士は自分と他人との境目が曖昧になり、自分と他人が混然一体となった状態、生命が生まれる前の混沌とした状態(=生命のスープL.C.L)になってしまうことを意味する。

完全に符号している。 

そして、この状態はどういう気分なのかというと「至福」らしいのである。

肉体の境界の知覚はもう、皮膚が空気に触れるところで終わらなくなっていました。魔法の壺から解放された、アラビアの精霊になったような感じ。(中略)肉体の境界がなくなってしまったことで、肉体的な存在として経験できる最高の喜びよりなお快く、素晴らしい至福の時がおとずれました

 養老氏は、この状態はなんら不思議なものではない、と言う。脳の空間定位の領野が壊れたら(脳卒中時の状態)、自分と他全てとの境界はなくなり「全部、自分」になる。そこには敵も異物もない、だからこそ至福の状態になるのだ、と。

 

前述した、大乗仏教構造主義思想の哲学者たちが提唱した「自分などない」という概念が、ある意味で科学的に証明された事例だといえる。ちょっと疑っていた自分をスパっと気持ちよく切ってもらえた気分だ。

 

しかし、である。

このジル女史の状態は、言わば脳の異常事態である。病気だ。そうならないとこの境地には辿りつけないのではないか、と思う。

 

いや、そうではない。

そこで出てくるのが「瞑想」なのである。

終わらないので続きは次回。

(どんどん変な方向へ・・・)

 

 

「自分」の壁 (新潮新書)

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